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大阪高等裁判所 昭和41年(ネ)567号 判決

控訴人 柴田寿一郎

右訴訟代理人弁護士 久保寺誠夫

被控訴人 谷村研治

右訴訟代理人弁護士 佐藤義雄

主文

原判決を左のとおり変更する。

控訴人は被控訴人に対し原判決添付目録記載の建物を明渡し、昭和三六年一〇月二三日から右明渡しずみまで一ヵ月五、〇〇〇円の割合による金員の支払いをせよ。

被控訴人のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決中被控訴人勝訴部分を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張並びに証拠関係は

控訴代理人において、

「本件賃貸借契約は昭和三四年中に締結され、控訴人がこれにより本件建物の引渡しを受け入居したのは昭和三五年一月であるから同年二月八日付で登記せられた抵当権に対し優先するものであり、民法第三九五条とは何ら関係がない(原審において賃貸借契約成立の日を昭和三四年一二月三一日であると主張したのを上記のとおり訂正する。)それ故にこそ本件建物の競売手続においても賃借権ある場合の評価額に基いて競落されたのである。

なお、控訴人が本件賃貸借契約を締結し、建物の引渡しを受けた経緯をふえんすると、長谷定雄は当初から本件建物を控訴人に賃貸する約束でその新築工事をはじめたのであり、設計等も控訴人に相談しており、建物が落成する以前から既に賃貸借契約が成立していたのである。しかして、本件建物は昭和三四年末には大体完成しており、控訴人はその頃から自費をもって配電工事、樹脂加工研究用機械の一部据付けにかかり、昭和三五年の年が明けると直ちに控訴人単身が本件建物に起居し一月中に右工事を完了している。」

と陳述し、≪証拠関係省略≫被控訴代理人において、

「控訴人の右主張事実中、本件建物が賃借権ある場合の評価額に基いて競落されたことは認めるが、その他は否認する。」

と陳述し、≪証拠関係省略≫

当裁判所が職権で被控訴本人の尋問をしたほか、

原判決事実摘示と同一(但し、原判決二枚目裏三行目から四行目にかけて「使用貸借」を「賃貸借」と、同四枚目裏一行目の「妻の兄」を「妻の弟」と訂正)であるからここにこれを引用する。

理由

一、まず本件建物の所有関係について検討する。

≪証拠省略≫によれば、本件建物はもと長谷定雄が新築所有し、昭和三五年二月四日その旨保存登記したものであるが、同人は同日右建物につき義弟北川外次郎(債務者)のため阿部重松(債権者)との間で抵当権設定契約をなし、同月八日その旨登記を経由したところ、その後右債権者阿部重松は右抵当権を実行した結果、昭和三五年一二月二七日被控訴人が競落許可決定を受け代金を支払ってその所有権を取得し、昭和三六年二月二〇日その旨登記を経たものであることが認められる。

控訴人は本件建物の真の所有者は依然長谷定雄であって被控訴人ではない、即ち長谷は本件建物賃借人たる控訴人を追出すため前記抵当権を設定し、債権者阿部に競売申立をなさしめた上わざわざ自己直属のブローカーである被控訴人をして競落させ本訴に及んだもので、以上の所為はすべて手の込んだ策謀であると主張するので按ずるに、≪証拠省略≫と前段認定事実を綜合すると、控訴人は昭和三五年二月一三日本件建物を長谷から賃借したものであり、右賃貸借の動機は従前から続いていた両名のいわゆる共同事業に関連するものであったこと(その詳細は後記三、認定事実参照)、しかるに、長谷は右賃貸前である昭和三四年中頃既に控訴人の研究を見込みなしとして共同事業に見切りをつけ、ひそかにこれを解消して控訴人と絶縁したいと考えていたこと、時恰かも長谷は右賃貸に先立ち本件建物に義弟のため前記抵当権を設定していること、また競落人である被控訴人は長谷と旧知の織物の取引先であり、げんに本件競落にさいし予め長谷の了解を得ていること、以上の事実を認めることができる。しかし、以上の事実関係だけをもってしては右抵当権の設定並びに競落の経緯が全て策謀であって、前段認定の如き被控訴人の所有権取得登記が存するにも拘らず、なお真の所有者は長谷であると断定するのは困難であり(却って、当審での被控訴本人尋問の結果によれば、右のような事情はなかったと認められる)、また、当の本人である被控訴人が本件競落を知らなかったとする≪証拠省略≫は≪証拠省略≫に照らしにわかに措信できず、他に右控訴人の主張を肯認し前段認定の事実を覆えすに足る確証はない。

そうすると、本件建物所有権は前段認定の経過により被控訴人がこれを取得したと言わなければならない

二、控訴人が本件建物を使用占有していることは当事者間に争いがない。

三、次に控訴人は抗弁として前記抵当権設定登記前に本件建物を長谷から期間の定めなく賃借しその引渡しを受けたと主張するのでこの点について判断する。

≪証拠省略≫を綜合すると、長谷はかねてより控訴人と合成樹脂加工の共同事業をしていた関係で自己所有の京都市北区小山花ノ木町五四番地所在建物の一部を控訴人に対し技術研究のため提供していたところ、昭和三四年右建物を自己もその信者である宗教法人解脱報恩感謝会に譲渡する必要上、控訴人にその明渡しを求め双方話し合いの結果、控訴人はこれを明渡す代りに長谷は立退料を支払い且つ本件建物を新築して控訴人に賃貸することとなり、長谷は直ちに建築に着手し昭和三五年二月初旬これを完成した上、同年同月一三日(前記抵当権設定登記の後)控訴人に対し立退料三〇万円を支払うと同時に本件建物を賃料一ヵ月五千円、敷金一万五千円の約で期間の定めなく賃貸し、控訴人は同日家族とともに本件建物に引越しその引渡しを受けた(それ故賃料も右同日を始期として支払っている)ことを認めることができる。

尤も、(一)≪証拠省略≫によれば、控訴人は前記の如き長谷との話し合いに基き早くから本件建物に入居しうることが判っていたので既に昭和三四年一二月頃から未完成の本件建物に出入りし、殊にその附属建物部分を研究用機械工場に充てるため右附属建業の板敷に単身寝泊りして機械の組立配置等をしたこともあること、また昭和三五年一月一一日には自ら工場向動力用配電工事の注文をしその代金も支払っており、長谷も以上のような控訴人の所為につき特に異議をさしはさんでいないことが認められるけれども、控訴人の右所為は専ら控訴人が正式の賃貸借契約に先立ちあらかじめ自己の便宜のため事実上入居の準備行為をしたに過ぎないと解すべきであり、(二)また、本件建物の競売手続にさいしては建物に(対抗力ある)賃借権が付着する場合の評価額に基いて競落されたことは当事者間に争いがないけれども、右事実は当該執行裁判所がその手続内においてそのような競売価格の評価方法をとったというに過ぎず(執行裁判所は手続上単に競売申立人添付の証明書を形式的に審査し、又は申立に基き執行吏に取調を命じた結果によって賃借権の存否内容を判断するに過ぎず、自ら証拠調をするわけではない。民事訴訟法第六四三条第一項第五号、第三項参照)、いずれも前記認定事実を左右するものではなく、他にこの点に関する控訴人の主張を裏付けるに足る証拠はない。

そうすると、控訴人はその主張のとおり長谷から本件建物を期間の定めなく賃借したのであるが、ただ右賃借引渡しを受けたのは前記抵当権設定登記の日(昭和三五年二月八日)の後である昭和三五年二月一三日であることが明らかであるから、抵当権設定登記に先立ち対抗要件たる占有使用を開始したとの控訴人の右抗弁は理由がない。

四、しかしながら抵当権設定登記後の賃貸借であっても民法第三九五条所定の賃貸借であれば抵当権者従ってその実行における目的物の競落人にその賃借権をもって対抗しうるところであるから、叙上期間の定めのない賃借権が同条所定の賃借権に該るかにつき考究する。

一般に期間の定めのない建物賃貸借は民法第三九五条所定の短期賃貸借に該当し、それ故抵当権設定登記後に登記または引渡しされたものといえども右抵当権者及び競落人に当該賃借権を対抗できるものであり、このことは右賃貸借につき借家法(殊に解約申入れを制限した同法第一条ノ二)の適用がある場合といえども結論において異るところがないと解するのが相当である(最高裁昭和三九年六月一九日判決第一八巻五号七九七頁参照)。そうすると、前記のように本件建物につき抵当権設定登記がなされた後、これを期間を定めることなく賃借しその引渡しを受けた控訴人の賃借権は右抵当権実行により競落人となり所有権を取得した被控訴人に対抗しうるものと言わなければならず、従って被控訴人は右所有権取得の結果控訴人に対する賃貸人の地位を承継したこととなる。以上の見解に反する被控訴人の主張はいずれも採用し難い。

よって、次に被控訴人の借家法第一条ノ二所定の正当事由に基く解約申入れについて検討する。

被控訴人が昭和三六年四月二二日到着の郵便をもって控訴人に対し本件建物明渡請求の意思表示をしたことは当事者間に争いなく、右明渡請求は被控訴人の本件賃貸借の解約申入れであると認めることができる。

ところで、いわゆる正当事由の存否は双方の建物使用の必要性の程度その他諸般の事情を比較衡量して社会通念に照らしこれを決すべきであるところ、本件のように抵当権設定登記後になされた期間の定めなき賃貸借について競落人が承継賃貸人として解約の申入れをなす場合にあっては、民法第三九五条の法意(同条は元来短期賃貸借に限り担保価値の減少をまねくことが比較的少ないのを通常とするところから例外的に抵当権設定登記の優先順位を法律上譲歩せしめ、もって抵当権と所有者の目的物の使用収益との調和をはかったものにほかならない)を十分考慮し、これを特別の事情と認め、賃貸人側の必要要件を相当程度に緩和した上検討するのが相当である。けだし、そうでないと右法条の趣旨を没却し、抵当権者又は競落人の不当な犠牲において結果的に長期賃借人とあまり変らないこととなる後順位賃借権者を保護することとなり、ひいては抵当権の担保機能を著しく低下させることにもなるからである。本件についてこれをみるに、控訴人の賃貸借期間は既に昭和三八年二月一二日の経過によって三ヵ年を経過していることが明らかであるのみならず、当審における被控訴本人尋問の結果によれば、被控訴人はかねてより和商株式会社(いわゆる個人会社)を組織し、使用人五名を使って繊維製品卸商を業とするものであるが、現在肩書住居地上建物を他より賃借し、一階を営業に、二階(四帖半二間)を家族四名の住居に使用している状況で、本件建物に居住できたあかつきは右二階部分を住込店員の居所としたい希望を持っていることが認められるのに対し、控訴人側の本件建物賃借事情は既に判示のとおり居住の必要性もさることながら、元来本件建物に入居して来たのは長谷との共同事業遂行を建前としていたものであるところ、右共同事業関係は既に事実上解消し、いわば当初の使用目的の半を失うに至ったものであることが認められ、他に双方の建物使用の必要性について特記すべき事情を認めるに足る証拠はない。尤も、控訴人は本件明渡請求は真の所有者(共同事業者)長谷の策謀によるもので専ら賃借人たる控訴人を害する目的のみでなされているとの趣旨の主張をするけれども、右主張は結局これを確認するに足る立証としては不十分というほかないことは冒頭一後段説示のとおりである。

以上の事情を綜合検討すると(なお、昭和三六年四月二二日の解約申入当時は本件賃貸借期間は未だ一年二ヵ月余を経過していたに過ぎなかったけれども、本来期間の定めのない賃貸借においては、正当事由があれば、何時でも解約申入をすることができるのであり、さればこそ民法第三九五条上短期賃貸借と同視すべきものと解するのであって、その解約申入期が短期賃貸借の最長期間三年に達する必要のないのは当然である。)被控訴人の本件解約申入れには結局正当事由が存するものと言うべく、本件賃貸借契約は右申入れの六ヶ月後である昭和三六年一〇月二二日の経過によって終了したものと言わなければならない。そうすると、被控訴人の本件建物明渡請求は理由がある。

五、次に損害金請求について按ずるに、控訴人は前記賃貸借の終了した昭和三六年一〇月二三日から本件建物明渡しずみに至るまで一ヵ月五、〇〇〇円の割合による賃料相当損害金の支払義務あること明らかであるが(被控訴人請求の損害額中右一ヵ月五、〇〇〇円を上廻る部分の当否については不服申立がないから特に判断をしない)、右起算日以前の分即ち契約終了前に関する分を求める被控訴人の請求は失当である。

六、よって、被控訴人の本訴請求は右の限度において理由があるからこれを認容し、その余の部分は失当として棄却すべく、これと異る原判決は一部変更を免れず、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条、第九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 石井末一 裁判官 竹内貞次 畑郁夫)

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